肝疾患研究部 論文紹介

血清soluble Siglec-7はNAFLDにおいて肝内炎症性マクロファージより産生され、肝線維化進行症例の診断に有用である

Serum soluble Siglec-7 concentration as an indicator of liver macrophage activation and advanced fibrosis in patients with non-alcoholic fatty liver disease
Yuzuru Sakamoto, Sachiyo Yoshio, Hiroyoshi Doi, Hironari Kawai, Tomonari Shimagaki, Taizo Mori, Michitaka Matsuda, Yoshihiko Aoki, Yosuke Osawa, Yuji Yoshida, Taeang Arai, Norio Itokawa, Takanori Ito, Yuya Seko, Kanji Yamaguchi, Yoshihito Itoh, Yoshihiro Mise, Akio Saiura, Akinobu Taketomi, Tatsuya Kanto

Hepatol Res. 2019 Dec 5. Doi: 10.1111/hepr.13464.

1.研究の背景

 非アルコール性脂肪性肝疾患(non-alcoholic fatty liver disease; NAFLD)は我が国の慢性肝疾患において15-30%を占め、肝関連合併症および死亡の原因疾患として世界的に増加傾向にあります。NAFLD患者さんにおいて、肝線維化の病理学的ステージが生命予後に最も影響を及ぼす因子であることが知られており、その正確な診断が必要です。診断方法として、肝生検は侵襲性やサンプルの不確実性などから臨床的欠点もあり、非侵襲的な肝線維化マーカーの開発が望まれています。本研究は、様々な免疫細胞に発現するSiglec*1という因子に着目し、NAFLD患者さんにおいて、血清中のsSiglec-7が肝線維化進行症例の診断に有用であるかを検討しました。

2.研究成果


 臨床上NAFLDと診断された(肝生検によって病理組織学的線維化診断がなされた59症例を含む) NAFLD患者93症例と、B型慢性肝炎患者33症例、C型慢性肝炎患者39症例、および健康成人19症例を対象としました。また、肝組織を用いた肝内の免疫細胞の解析を行うため、NAFLD関連肝細胞癌患者に対して肝切除を施行した3症例より非癌部の肝組織を採取しました。

  1. 対象に対して血清中のsSiglec-7を測定し、ウィルス性肝疾患患者や健康成人と比較しました。また、sCD163、YKL-40といったマクロファージ関連肝線維化マーカー*2、FIB-4などの非侵襲的肝線維化スコア*3との関連を検討しました。NAFLD患者血清中のsSiglec-7は健康成人と比べて上昇し、ALT正常のNAFLD患者においても同様でした(図1)。また、NAFLD患者のsSiglec-7は、各肝線維化関連マーカーやスコアと相関を示し、NAFLD患者の肝線維化進行に関連する因子であることがわかりました(図1)。

    (図1)
    NAFLD患者における血清sSiglec-7と肝線維化関連マーカーとの相関


    HD, healthy donor; NAFLD, non-alcoholic fatty liver disease; HBV, hepatitis B virus; HCV, hepatitis C virus; N-ALT, normal ALT NAFLD patients; E-ALT, elevated ALT NAFLD patients. FIB-4 (fibrosis-4 index, n=93), M2BPGi (Mac-2 binding protein glycosylation isomer, n=69), APRI (aspartate aminotransferase to platelet ratio index, n=93), GPR (gamma-glutamyl transpeptidase to platelet ratio, n=93), TE (transient elastography, n=61), and VTTQ (virtual touch tissue quantification, n=34).
    ** p<0.01, *** p<0.001, **** p<0.0001.

  2. 次に、NAFLD患者における肝線維化進行症例の診断に対して血清sSiglec-7が有用かどうかを検討したところ、sSiglec-7は高度線維化症例(F stage 3, 4)の診断に対する特異度が非常に高く(96.3%)、独立した寄与因子として抽出され、決定木解析においても最も上位に挙がる因子となりました(表1, 図2)。

    (表1)肝線維化進行症例に対する単変量および多変量解析

    OR, odds ratio; CI, confidence interval; sSiglec-7, soluble Siglec-7; sCD163, soluble CD163; T-bil, total bilirubin; Alb, serum albumin; Plt, platelet counts; Hb, hemoglobin; TP, total protein; γGTP, gamma-glutamyl transpeptidase; ALP, alkaline phosphatase; HbA1c, hemoglobin A1c; FIB-4, fibrosis-4 index.

    (図2)肝線維化進行症例に対する決定木解析



  3. NAFLD患者の血清中で上昇しているsSiglec-7の産生源とその機序を探るべく、肝組織から抽出した肝内マクロファージにおけるSiglec-7の発現を検討したところ、肝内マクロファージにはSiglec-7が発現しており、なかでもCCR2陽性の炎症性マクロファージ*4にSiglec-7が多く発現していました(図3)。また、ヒト単球由来マクロファージ*5を培養すると上清中にsSiglec-7が産生され、LPSやTNF-α、IL-1βといった炎症性サイトカイン*6を添加し培養したところ、培養上清中のsSiglec-7はサイトカイン添加なしに比べて著明に増加する結果となりました(図4)。

    (図3)肝内マクロファージにおけるSiglec-7発現

    CCR2, C-C chemokine receptor 2; Tim-4, T-cell immunoglobulin mucin receptor 4. Mean ± SD.
    *** p<0.001.

    (図4)ヒト単球由来マクロファージを用いた炎症性サイトカイン添加実験

    GM-CSF, granulocyte-macrophage colony-stimulating factor; GM-CSF, granulocyte-macrophage colony-stimulating factor; MDM, monocyte-derived macrophage. Mean ± SD.
    * p<0.05, ** p<0.01, **** p<0.0001.

本研究により、NAFLD患者において血清中のsSiglec-7は上昇し、肝線維化進行症例の診断における独立した寄与因子であることが示されました。また、肝内の炎症性マクロファージにはSiglec-7が多く発現し、炎症性サイトカインが加わることで著明にsSiglec-7が増加することから、血清sSiglec-7は、血中の炎症性サイトカインの上昇および肝内の炎症性マクロファージの増加といったNAFLDの病態を反映する新規バイオマーカーとして有用であると考えられます。
坂本 譲


用語解説

*1. Siglec (Sialic acid-binding Ig-like lectin):種々の免疫細胞表面に発現し、特異的なリガンドが結合することによって免疫機能を調整する受容体の一群。いくつかのSiglecはsoluble form (soluble Siglec)を有し、様々な病態で血清sSiglecの有用性が報告されている。

*2. マクロファージ関連肝線維化マーカー:マクロファージは肝線維化進展において重要な役割を示し、soluble CD163 (sCD163), Interleukin-34 (IL-34), Macrophage colony-stimulating factor (M-CSF), YKL-40などが報告されている。

*3.非侵襲的肝線維化スコア:侵襲的な肝生検に代わる非侵襲的な肝線維化診断方法として、一般臨床検査を組み合わせた評価モデルが提唱されてきている。例として、AAR (AST/ALT ratio)、APRI (AST to platelet ratio index)、GPR (gamma-glutamyl transpeptidase to platelet ratio)などが挙げられる。

*4. 炎症性マクロファージ:マクロファージは炎症性と非炎症性に大別され、肝線維化の進行過程においては、炎症性マクロファージの増加やTNF-α、IL-1β、TGF-βといった炎症性サイトカインの産生が肝線維化を促進することが知られている。

*5.ヒト単球由来マクロファージ:ヒト単球をGM-CSFまたはM-CSF存在下に培養すると、形態、表面マーカー、機能(貪食能、活性酸素産生能、抗原提示能など)の異なる2種類のマクロファージに分化する。

*6. 炎症性サイトカイン:サイトカインとは主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、標的細胞表面に存在する特異的受容体を介して極めて微量でも生理作用を示し、細胞間の情報伝達を担う。NAFLD患者の血中においては、LPS、TNF-α、IL-1βといった炎症性サイトカインが上昇していることが報告されている。

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