肝疾患研究部 論文紹介

B型肝炎ワクチンの抗体獲得・維持に寄与する免疫学的因子の解明

Immune Determinants in the Acquisition and Maintenance of Anti-HBs in Adults After
First-Time Hepatitis B Vaccination

Hiroyoshi Doi*, Sachiyo Yoshio, Keiichiro Yoneyama, Hironari Kawai, Yuzuru Sakamoto,
Tomonari Shimagaki, Yoshihiko Aoki, Yosuke Osawa, Hitoshi Yoshida, and Tatsuya Kanto

Hepatol Commun. 2019 Apr 22;3(6):812-824. doi: 10.1002/hep4.1357. eCollection 2019 Jun.

1.研究の背景

出生時 B 型肝炎(HB)ワクチン接種の導入は、世界中でB 型肝炎患者の減少に大きく貢献してきました。ワクチン接種により誘導される感染予防効果は、長期間持続すると期待される一方で、ワクチン不応答や獲得抗体消失など問題も残されています。さらに抗体価が低い場合には、感染防御能が低下する可能性も報告されており(Stramer etal. N Engl J Med2011;364:236-247)、より長期に抗体価を維持することは重要であると考えられます。そこで本研究では、健康成人におけるHB ワクチン接種での免疫応答を解析し、その抗体獲得・維持のメカニズムの解明することを目的とし、I.後ろ向き及びII.前向き研究を行いました。

2.研究成果


I. 後ろ向き研究
(1)
ワクチンを初めて接種した学生の獲得抗体価の解析 (図1)
2004年から2015年の間に、初めてHBワクチンを接種された合計3755人の獲得した抗体価を、3種のワクチン別、男女別に解析しました。全てのワクチンにおいて、女性は男性より高い抗体獲得率を示しました。期間内に使用した3種のワクチンとも高い抗体獲得率でしたが、現在は市販されていないPreS2タンパクを抗原として含有するワクチンは、その他2つのワクチンより有意に高い抗体価を誘導していました。

(図1) 3種の異なるB型肝炎ワクチン接種による抗体獲得率・抗体価の検討

(2)
ワクチンにより高い抗体価を獲得することは長期維持に重要である。(図2-1)
10年間、毎年定期健康診断を受けていた392人の記録を用いて、ワクチンにより獲得した抗体の消失までの期間を、最初に獲得した抗体価別に3つのグループに分けて解析したところ、高い抗体価(HBsAb> 100 mIU/ml)を獲得した群では有意に長期間抗体が維持されていることがわかりました。

(図2-1)ワクチンによる獲得抗体価と抗体維持期間の検討

(3)
ワクチン再接種を行うと、初回より高い抗体価が誘導できる。(図2-2)
3回接種を1シリーズとし、2シリーズのワクチン接種を行なった計346 人を解析したところ、33人(9.5%)は2回とも不応答であった。2回とも抗体を獲得した240人の抗体価は、2回目が初回に比べ有意に高く、特に初回と異なるワクチンを接種した場合にはより高い抗体価を獲得する傾向にあることがわかりました。

(図2-2)複数回のワクチン再接種による、獲得抗体価の解析

II. 前向き研究
B型肝炎ワクチンを初めて接種した学生46人の末梢血を採取し、免疫細胞(T細胞系列、B細胞系列、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、単球)及び50種の血清タンパクの接種前後での変化を網羅的に解析し、抗体獲得の可否や抗体価との関連を解析しました。
さらに同様の解析を、62人の抗体消失者、20人の長期抗体維持者にも行ないました。

(1)
抗体獲得には濾胞性T 細胞(cTfh)と活性化抗体産生細胞が重要 (図3)
抗体獲得群 (N=36)と非獲得群(N=11)で比較すると、獲得群においてのみ末梢血中の濾胞性T 細胞(cTfh、特にcTfh1・cTfh17)や活性化した抗体産生細胞(プラズマブラスト、形質細胞)の有意な増加が見られた。血清タンパクと抗体獲得の可否には関連はみられませんでした。

(図3)ワクチン接種前後での免疫応答の解析
cTfh; 濾胞性T細胞、Plasmablast; プラズマブラスト、Plasma cell; 形質細胞
HLA;ヒト白血球抗原、Pre; 接種前、Post; 初回接種後7ヶ月


(2)
獲得抗体価は接種前のIFN-γ及びCXCR9,10,12 と相関する(図4)
獲得した抗体価と免疫因子との関連を解析したところ、獲得抗体価と免疫細胞には有意な相関がありませんでしたが、接種前の血清IFN-γ濃度およびそれに関連するケモカインであるCXCR9,10,12 と有意な相関関係が見られた。

(図4)獲得抗体価は接種前のIFN-γ及びCXCR9,10,12と相関する(図4)


(3)
抗体消失症例では、末梢記憶B 細胞や抗体産生細胞が少ない (図5)
抗体維持に寄与する免疫因子を同定するため、ワクチン接種後、抗体を獲得し消失した62 人と5 年以上抗体を維持した症例の免疫因子を比較しました。その結果、消失群では記憶B 細胞と抗体産生細胞が有意に少ないことがわかり、これらの免疫細胞が抗体維持に重要な働きをしていることが示唆されました。

(図5)抗体消失症例では、末梢記憶B細胞や抗体産生細胞が少ない
Maintenance (N=20): 5年以上、HBsAb>50uIU/mlを維持していた症例
Lost (N=62); ワクチン接種後、抗体消失した症例



本研究により、濾胞性T細胞や抗体産生細胞の活性化が十分誘導されることが抗体獲得に重要であること、獲得抗体価は接種前のIFN-γを初めとした免疫環境と関連することがわかりました。抗体を長期間維持するためには、ワクチン接種により高い抗体価獲得することや記憶B細胞の働きが重要と考えられます。今回報告した知見は、接種前にアジュバント等で免疫調整を行うことで不応答や早期抗体消失症例の治療法につながることが期待されます。
土肥 弘義

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