肝疾患研究部 論文紹介

HBV/HIV重複感染患者のHBs抗原陰性化に対する免疫再構築誘導性肝炎の影響


Impact of Immune Reconstitution-induced Hepatic Flare on HBsAg Loss in HBV/HIV-1-Coinfected Patients

Shiori Yoshikawa1, Sachiyo Yoshio1*, Yuichi Yoshida1, Yuriko Tsutsui1, Hironari Kawai1, Taiji Yamazoe1, Taizo Mori1, Yosuke Osawa1, Masaya Sugiyama2, Masashi Iwamoto3, Koichi Watashi3, Takumi Kawaguchi4, Tomoyuki Akita5, Junko Tanaka5, Yoshimi Kikuchi6, Masashi Mizokami2, Shinichi Oka6, Tatsuya Kanto1, and Hiroyuki Gatanaga6*
J Infect Dis. 2020 Oct 19:jiaa662. doi: 10.1093/infdis/jiaa662. Online ahead of print.
PMID: 33073291

1.研究の背景

 ヒト免疫不全ウイルス-1(HIV-1)とウイルス性B型肝炎(HBV)の重複感染患者さんにおける肝臓関連死亡率、および肝細胞癌のリスクの全体的な割合は、HIV-1単独感染患者よりも高く、HBV感染症の制御は重要な課題です。HIV-1感染者に対しては診断がつき次第、3剤併用抗HIV治療(ART)*1を開始しますが、HBV重複感染者では抗HBV作用を持つ一剤を含む投薬とします。
ヒト免疫不全ウイルス-1(HIV-1)感染者の方が、抗HIV治療(ART)を開始後免疫回復が生じることにより、潜伏感染している感染症に対する免疫応答が活発化し、体内に炎症が生じることがあります。これを免疫性構築症候群(Immune reconstitution inflammatory syndrome, IRIS)*2と呼びます。HIV-1/HBV重複感染者においては、IRISの症状として、肝障害(IRIS-related hepatic flare, IRIS-HF)を発症します。
 B型慢性肝炎患者において、HBs抗原陰性化は、発がん発症率低下・肝硬変患者予後改善につながるため、HBs抗原陰性化が臨床上の目指すべき目標と考えられています。B型慢性肝炎患者において、HBVウイルス量の増加を伴う肝障害の急性増悪(hepatic flare, HF)を生じるとHBV感染肝細胞が傷害され排除されることによりHBs抗原陰性化を達成しやすいことが知られています。IRIS-HFがHBs抗原量に及ぼす影響については明らかになっていません。そこで本研究では、IRIS-HFがHBs抗原陰性化に寄与しうるのかを検討しました。

2.研究成果


  1. 本研究では(1)ARTが初回治療であり、(2)HBs抗原が6か月以上陽性と診断され、(3)観察期間が1年以上ある58症例を対象としました(図1)。HIV-1/HBV重複感染者におけるHBs抗原陰性化率は5年35.2%,10年で37.9%でした(図2)。この結果は、HBV単独感染者のHBs抗原陰性化率と比べて高い結果でした。

    (図1)研究フローチャート
    ART, antiretroviral therapy; HBV, hepatitis B virus; HBsAg, hepatitis B surface antigen; HIV-1, human immunodeficiency virus type-1.

    (図2)全患者のHBs抗原陰性化の累積発生率

  2. 全58症例のうち、IRIS-HFを発症したのは15名(25.9%)でした。IRIS-HFに特徴的な臨床経過を図3に示しま。X軸は日数、0はART開始点を示しています。ART開始後CD4値の上昇、HIV RNA値の急速な低下を認めます。その後、本症例ではART開始後123日(4か月)時点でALT上昇が起こり、IRISを発症しています。IRISの発症後、HBs抗原の減少がもたらされました。

    図3 IRIS陽性患者のART開始後の臨床経過
    ALT, alanine aminotransferase; HBV, hepatitis B virus; HBsAg, hepatitis B surface antigen; HIV-1, human immunodeficiency virus-1.

  3. 次に、IRIS-HFの発症が、HBs抗原陰性化の寄与因子であるかどうかを多変量解析で検討しました。IRIS-HFの発症、ART開始時のHBs抗原量、HBV GenotypeがAであることがHBs抗原陰性化達成に対する独立した寄与因子として抽出されました(表1)。
    さらに、HBs抗原陰性化累積達成率をカプランマイヤー分析で検討したところ、IRIS非発症群と比較して、IRIS発症群で有意にHBs抗原陰性化を達成することがわかりました(図4)。さらに、IRIS発症群と非発症群においてART開始から1年毎のHBs抗原量の推移を検討したところ、IRIS発症群ではART開始1年でHBs抗原の2logIU/mL以上の低下を認め、IRIS発症群でART開始1年以降、どのタイムポイントにおいてもHBs抗原が有意に低下していることがわかりました(図5)。

    (表1) HBs抗原消失に関連する因子における単変量及び多変量解析
    * Statistically significant. Genotype not A includes B, C, E, G, G/H, and H and exclude es A, A/G and undetermined genotypes. ART, antiretroviral therapy; OR, odds ratio; CI, confidence interval; HBV, hepatitis B virus; HBsAg, hepatitis B surface antigen; HBeAg, hepatitis B envelope antigen; HIV-1, human immunodeficiency virus-1; IRIS-HF, IRIS-induced hepatic flare

    (図4) IRIS発症群と非発症群おけるHBs抗原陰性化の累積発生率
    ****, p<0.0001 by the log-rank test.

    (図5)ART開始1年後毎のHBs抗原量の推移
    ANCOVA解析 **, p<0.01; ***, p<0.001; ****, p<0.00001, HBsAg, hepatitis B surface antigen


本研究により、HIV-1/HBV重複感染者におけるIRIS-HFの発症はHBs抗原陰性化の独立した寄与因子であることが示されました。IRIS-HF発症機序を明らかにすることはHBs抗原陰性化をもたらす新たな突破口となる可能性が考えらます。


用語解説

*1. 抗HIV治療 (Antiretroviral therapy, ART)…HIV感染症に対する多剤併用の治療法。核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)を含む3剤を用いて強力にHIVの増殖を抑制し、患者の免疫能を回復させることができる。HIV/HBV重複感染患者では、抗HBV活性を持つ1剤を含む3剤を用いて治療が行われる。現在では、インテグラーゼ阻害薬+2剤のNRTIの合剤が処方されることが多い。

*2. 免疫再構築症候群(Immune reconstitution inflammatory syndrome, IRIS)… 抗HIV治療開始後、HIV RNA量の減少とCD4T細胞数の上昇、すなわち免疫状態が回復してきたタイミングで潜伏していた感染症の症状が顕在化することを指す。IRISで頻度の多い疾患は帯状疱疹、サイトメガロウイルス、結核、B型肝炎などが挙げられる。

(文責:吉川詩織/由雄祥代)


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