肝疾患研究部 論文紹介

B型肝炎患者におけるHBs抗原消失に寄与するサイトカイン・ケモカイン動態の発見

Cytokine and chemokine signatures associated with hepatitis B surface antigen loss in hepatitis B patients
Sachiyo Yoshio, Yohei Mano, Hiroyoshi Doi, Hirotaka Shoji, Tomonari Shimagaki, Yuzuru Sakamoto, Hironari Kawai, Michitaka Matsuda, Taizo Mori, Yosuke Osawa, Masaaki Korenaga, Masaya Sugiyama, Masashi Mizokami, Eiji Mita, Keiko Katayama, Junko Tanaka and Tatsuya Kanto

JCI insight 2018;3(20);e122268

1.研究の背景

 B型肝炎ウイルス感染者は全世界で2.6億人、その75%がアジア諸国に存在し、日本国内にも110~140万人いると推定されています。B型肝炎ウイルスの持続感染者(HBs抗原*1陽性者)は肝硬変・肝がんに至る可能性があります。現在の治療ではHBs抗原消失に至る可能性が低く、新規治療の開発が望まれています。そこで我々は、急性B型肝炎・慢性B型肝炎患者においてHBs抗原陰性化達成症例と非達成症例の間で血清因子の網羅的探索を行うことで、HBs抗原陰性化に重要な生体内の免疫応答を明らかにし、B型慢性肝炎治療の新しい突破口を見つけたいと考えました。

2.研究成果

i. B型急性肝炎患者49名(HBs抗原陰性化41名、非陰性化(慢性化)8名)、慢性肝炎患者(経過中に急性増悪*2するも持続感染)8名と健康成人14名を対象にして、血中の41の免疫因子を調べました。急性肝炎HBs抗原陰性化症例においては、肝炎期にCXCL9*3, CXCL10*3, CXCL11*3, CXCL13*4, IL-21*5が誘導され、一方慢性肝炎の急性増悪期ではそれらの誘導は弱い、もしくはほぼ認められませんでした(図1)。さらに急性肝炎の慢性化症例では、IL-21の誘導がHBs抗原陰性化症例と比較して有意に弱いことがわかりました(図1)。興味深いことに、急性肝炎患者においてIL-21とHBs抗原量は正の相関関係にありました。急性肝炎患者の経時的解析により、CXCL9, CXCL10, CXCL11, CXCL13, IL-21は肝炎期に上昇し、ウイルス量の減少に伴って低下しました(図2)。これらの結果から、HBs抗原陰性化には、CXCL9, CXCL10, CXCL11, CXCL13, 、特にIL-21の誘導が重要であることがわかりました。

ii. B型肝炎ウイルス(HBV)を接種したチンパンジー3頭の血中の41の免疫因子を経時的に調べました。2頭(Ch1, Ch2)はHBV接種後19週・20週でHBs抗原陰性化が得られ、残りの1頭(Ch3)は陰性化するまでに50週かかりました。陰性化に50週要したチンパンジーではCXCL9, CXCL10, CXCL11の上昇の程度が小さく、CXCL13, IL-21の上昇を認めませんでした(図3。この結果は、急性肝炎患者で得られた結果と同様に、HBs抗原の陰性化にCXCL9, CXCL10, CXCL11, CXCL13, IL-21の誘導が重要であることを示しています。

iii.
    核酸アナログ*6とPeg-IFNa*7によるシーケンシャル療法をうけたB型慢性肝炎患者のうち、HBs抗原陰性化が得られた症例(S1)と得られなかった(持続感染)症例(S2)の血中の41の免疫因子を経時的に調べました。HBs抗原陰性化が得られた症例でのみ、CXCL13とIL-21の上昇を認めました(4)。また、持続感染症例ではPeg-IFNa中止後に急性増悪を発症しましたが、その際にはCXCL9, CXCL10, CXCL11のみ上昇し、CXCL13, IL-21は不変でした(4)

本研究により、CXCL9, CXCL10, CXCL11, CXCL13, IL-21はHBV感染においてHBs抗原陰性化に重要な免疫応答であることが見いだされました。この発見は、HBs抗原陰性化につながる治療法開発の糸口となることが期待されます。
由雄 祥代



(図1) 肝炎期における血中免疫因子、および肝機能障害、B型肝炎マーカーの横断的比較検討 HV: 健康成人、sAH: 急性肝炎HBs抗原陰性化患者、pAH: 急性肝炎持続感染患者、CH: 慢性肝炎患者、CH at flare:慢性肝炎患者急性増悪期、ALT(GPTと同じ):肝機能障害で上昇する酵素
*, p<0.05; **, p<0.001; ***, p<0.0001


(図2) 急性肝炎HBs陰性化症例における血中免疫因子の経時的な検討


(図3) B型肝炎ウイルスを接種したチンパンジーにおける血中免疫因子の経時的検討


(図4) 核酸アナログとペグインターフェロンによるシーケンシャル療法を受けたB型慢性肝炎患者における血中免疫因子の経時的検討




用語解説

*1. B型肝炎マーカー:
4-7週で血中にHBV DNAが検出され、8-10週でウイルス複製はピークに達した後に減少し、12-16週をピークに肝障害が生じる。回復期には十分量のHBs抗体が産生されることで、循環する微量なHBs抗原を中和しHBs抗原陰性化が得られる。

*2. 急性増悪:慢性肝炎の患者さんが経過中に血液中のALT値が正常値の5倍を上回ったものを急性増悪と定義する
*3. CXCL9, CXCL10, CXCL11:これは肝臓に浸潤した免疫細胞によって産生されたIFN-γの刺激を受けてB型肝炎に感染した肝細胞から産生され、NK細胞・T細胞・B細胞といったB型肝炎ウイルス
*4. CXCL13:マクロファージや濾胞性T細胞(抗体産生に重要)から産生され、ナイーブT細胞の濾胞性T細胞への分化を促す。
*5. IL-21:濾胞性T細胞から主に産生され、B細胞の抗体産生細胞への分化を促す
*6. 核酸アナログ:現在用いられているB型肝炎の経口治療薬で、服用している間はウイルスの増殖を阻害することができる。ただし、服用を中止するとまたウイルスは増殖する。
*7. Peg-IFNα(ペグインターフェロンα):週に1回投与する注射薬で、直接の抗ウイルス作用と、全身の免疫細胞の作用増強により抗ウイルス効果を発揮するが、B型肝炎におけるHBs抗原陰性化成功率は高くない。

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